「中国産でも徹底管理すれば安心」
食品の品質保証座談会――信頼回復のために（シリーズ＜上＞）
食品業界の安全安心問題について、品質保証に関わる業界の識者と意見交換した。共通して「中国抜きの食品産業はあり得ない」、「徹底的な品質管理をした製品なら中国産でも安心して提供できる」と指摘。また、天洋食品に始まる農薬混入等の問題については「製造上の混入ミスと故意による犯罪、事件は別物」と強く訴え、違った取り組みが必要だと参加者はいずれも語った。
マスメディアの報道姿勢に対する強い不満も噴出したが、「平時の接点が大事」という意見で一致した。
意見交換する増田ニチレイＦ常務（左手前）、後藤味の素冷食執行役員（左奥）、山本冷食協
常務理事（右手前）と水産タイムズ社の越川社長（右奥）
意見交換したのは次の各氏と、ＦＥＮ（The Food Engineering Times）の発行元編集担当。
――相次ぐ安全安心問題、どう捉え、どう対処すべきか。
山本宏樹（日本冷凍食品協会常務理事） 昨年のミートホープ騒動の頃から冷凍食品業界は安全安心を揺るがす刑事事件に巻き込まれ、強烈な逆風が吹いている。ミートホープ事件の時は、仕入れ食材の問題に気づかずに使っていた。そこで協会では会長名で「原点に返り、原料調達から見直しが必要だ」と会員メーカーに呼びかけた。
――ミートホープ事件では「安さを求める業界の体質も深層にある」と指摘された。
山本 冷凍食品業界は安売りしているから、安い原料調達に走ると突かれた。しかし問題はミートホープ社の刑事責任であり、司直の手で責任が追及された。これで問題は出ないだろうと思っていた矢先、天洋食品事件が今年１月末に表面化した。
――業界が右往左往させられるきっかけとなった。
山本 農薬の検出量からして、残留したものではない、事件だ、と当初から考えていた。製造工程の事故、ミスとは考えられない。となれば、警察、司直の手で解明するしか残される道はない。
――ところが消費者、世論はＪＴフーズを叩き、冷凍食品アレルギーに走った。
正しい情報伝わらず、過熱する報道で懸念広がる
山本 メディアの連日の報道が過熱し、「中国産品は危険だ」という刷り込みが進んだ。たまたま中国産のおもちゃ、薬品からも問題が相次いだので、国際的に「中国産は危険」の捉え方が蔓延している最中の出来事だった。こうなると、業界がいくら正しい情報を流そうが、消費者は“聞く耳持たん”の状態になる。
――報道の勢いが一方に偏り、流れが勝手に形づくられていった。
山本 中国産に対する消費者の懸念が大きくなったので、行政も原料産地表示の義務化などになった。しかしその後の調査で、実は天洋食品の工場に問題と原因があったことが中国政府の発表で明らかになった。洞爺湖サミット直前、中国政府が日本にその旨を伝え、日本政府もそれを確認していた。
――洞爺湖サミットと北京五輪に消されて、そのニュースは大きく話題にされなかったが。
山本 この事件を通じ、正しい情報が伝わらずに消費者の誤解が蔓延する恐ろしい事実が確認できる。中国の工場の中でも日本向けに製品を手掛けているところは、よく言われるように、日本の国内工場以上に品質管理、衛生管理が徹底しており、安全性に問題がないという事実が消費者に伝わらず、「やっぱり中国製品は怖い」という30年前の感覚で判断する。中国の冷凍食品工場のいまの品質管理レベルと、今回の事件、犯罪は別物であるにもかかわらず、同じモノサシで「中国はだめ」と判じられる。
メディアにきちんと説明し、誤りは正す
――冷凍食品業界としては何よりも真実を知ってもらうことが重要だが。
山本 協会も個々の企業も重要さは認識しているが、実際は難しい。社会人の情報の大半はマスメディアからと言われる。何とかしないと、冷凍食品に対する誤解が解けない。そこで協会では、今年から「冷凍食品の安全性」についてメディアを通じて従来以上に積極的に伝え、消費者の認識を変えようと努めている。
――マスメディアにクレームも出すようになり、関係者は注目している。
山本 できることはちゃんとしよう、という考え。伊藤ハムのメラミン混入で「冷凍食品」という報道が相次いだため、ＮＨＫと朝日新聞に協会の考えを伝えたところ、対応してくれた。引き続きフジテレビの報道にもクレームを出したばかり。ホームページでその経緯は公開している。しかし、まだまだホームページのコンテンツの整備が必要。メディア対策はきちんと行なう。
――「有害物質」メラミンと報じられれば、消費者は腰が引ける。
山本 有害物質というが、核酸と変わらない。急性毒素が問題であり、メラミンが有害物質ではない。報道機関も専門用語の知識がないと判断に困る事案がたくさん出てくるので、協会として必要な知識、正しい知識の啓蒙をマスコミに対し行なう考え。
「いんげん」事件で現地を信じたニチレイＦの姿勢
――ニチレイフーズは「いんげん」の農薬混入事件で一時大変な騒ぎとなった。
増田和明（ニチレイフーズ常務執行役員） まだ原因が解明されていないので不確かなことは言えないが、起きた事象から判断すれば、事件性を強く疑わざるを得ない。事件の第一報が届いた時点で関係部署の責任者が集合し、夜中まで事象を分析して、対処策を議論した。しかしどの情報を分析しても、指摘される製品の製造過程から農薬基準値の３万数千倍といわれる高濃度の農薬ジクロルボスが混入する可能性がない。原料段階で、仮に、意図的な混入があったとしても、ブランチング（熱湯加熱処理）しているので、指摘されるような高濃度の農薬が製品から検出されるとは考えられない。
――メディアの論調も「ありえない残留」にすぐ切り換わった。
増田 判明した事実の分析と協議の中で、最終的に「現地（中国の工場）を信じよう」と意見を集約した。品質保証については数年前から徹底した対応を進めており、しかも、指摘された北海食品（山東省莱陽市）はその中でも一番の工場。北海食品がだめならほかもだめになる、それはありうるのか、とまで議論した。
――記者会見では「それでも中国産を扱うのか」と問われた相馬義比古社長が「扱う」と毅然と答えた。
増田 わかったことは全部公表しよう、という姿勢も決めていた。事件が表面化した翌日の朝には経過と対処などを公表し、イトーヨーカ堂と共同会見で説明した。中国事業を継続するのか、と問われたので、その通りと答えた。日本の食品産業が中国なしで成り立たないことは言うまでもない。我々は中国を否定しない。しっかりした品質保証体制を築いたところから安心で安全な製品を日本の生活者に今後もお届けする義務と責任がある。
――日本の有力冷凍食品メーカーは輸入製品の安全を確保するため、トレース管理手法を導入している。それでも「事件性」、「故意」の犯罪は防げない。
増田 つい先般、事件とは関係なく、中国の現場の品質監査に行ってきた。ポイントは何項目もあるが、私は農場、工場の現場で働く従業員の目を確かめたかった。日本人が監査に出かけて、現場はどう受け止めるのか。すると、誰の目も大らかだった。品質管理の捉え方も相当聞いたが、誰もがしっかり答えてくれた。この経験があったので、問題が起きるとすれば「出口」しかない、と考えていた。これまでの我々の取り組みに落ち度があったとは考えにくい。ただし、情報公開は前向きにしようという考えを徹底した。
――最初は大騒ぎしたがその後、メディアは沈静化した。高濃度の検出が「１件だけ」の事実が会社の責任なし、とメディアも捉えたはずだ。
天洋事件を教訓に「プロセス管理」を強化した味の素冷食
――天洋食品事件で味の素冷凍食品は「ギョーザ」に大きな影響を受け、中国問題と品質保証に正面から取り組んできたが……。
後藤正明（味の素冷凍食品執行役員品質保証センター長） 当社が一番影響を受けたのはご指摘通り「ギョーザ」。それも前期に単品100億円を達成した直後、半減するという大打撃を受けた。特にメディアからは「中国」、「冷凍」、「ギョーザ」と連日報じられ、当社の「ギョーザ」は国内生産しているにもかかわらず売場から撤収され、「毒入り餃子」とさえ言われた。
――（味の素冷食の）近藤直専務が「“中国産・冷凍・餃子”の３点セットで論じられるのはおかしい、“天洋食品事件”と受け止めるべきだ」と主張し、メディアの捉え方が変わった。
後藤 １月末に事件が表面化し、直後から対策を練り上げて３月初旬「新・安心品質」宣言の会見で我々の考えを表明した。さらに売場で原料からの安心品質を訴え、新聞全面広告や売場のミニテレビでも品質保証の実態を説明してきた。その結果、市販用調理冷凍食品の売上げトップの座は奪回できたが、そこに至る売上げ減の影響は大きい。
――事件の表面化からほぼ10カ月、見えてきたこと、見えないことは？
後藤 天洋食品事件が事件性であることは見えており、中国政府も認めているが、どこで何が起きたのか、まだ誰にも見えていないんじゃないだろうか。しかし、事件を機に、取り組むべき品質保証、安全管理と危機管理はどこが担うべきなのか、フードディフェンスをどう取り組むべきなのか、という点では、まだ仮設の段階だが、反省すべき点もある。わずか数％ではあるとはいえ、原料を徹底的に確認できなかったことは非常に残念。しかも、一部製品を回収せざるを得なかった。大変残念なこと。
――その教訓から得たことは。
後藤 �〜悩爐鯊膸�に、確実にしよう、��破壊検査は全量ではできないので、環境づくりのためプロセス管理を徹底しよう、��取り組んでいることを情報公開しよう――ということ。パッケージ表示を改め、ＨＰの情報公開も細かく、相当先走って進めた。情報公開が大事。天洋事件直後の１カ月間に消費者から「相談室」に寄せられた問い合わせが３万件を超えた。１日に4700件という日もあった。これは応対できた分だけ。多くがお叱りの言葉。それはメディアが伝えるそのままのクレームが大半だった。
山本 協会にも消費者からのクレームが殺到した。相当専門知識を持っている人からの「何をやってるんだ」という厳しいお叱りもあった。食品会社の品質管理担当のＯＢらしい話だった。
後藤 厳しい叱咤、クレームの一方で「いつも食べている、頑張って」という激励もあった。しかし、一番多いのは「中国産は怖い」という印象で受け止める懸念。国内生産でもある。
――どうすれば現状は改善されるのだろうか。
後藤 何かしなければ解決しない、時間の解決を待つだけではダメ、と我々は捉えた。一番納得できるのは「自分で手掛ける」こと。そこで生産の自社化と原料の指定農場化を進めている。既に当社の市販用は自社化率96％。しかもそれを積極的にアピールしなければわかってもらえない。そこで新聞の全面広告を４回打った。掲載後に寄せられた消費者の反応の95％は「よくやった」、「わかった」と好評。しかしそれで売上げになるのかと問われるとわからない。ただ何もしないで待つことはしたくなかった。
（次号につづく）