樋口会長
冷凍調理済み惣菜メーカーのヤマダイ食品(三重県四日市市)は大谷翔平選手が所属する米大リーグのロサンゼルス・エンゼルスと2019年にスポンサー契約を結び、21年からホームゲームのバックネット下に「yamadai」の看板広告を掲げている。
昨年は樋口智一会長が始球式でエンゼル・スタジアムのマウンドに上がった。今年も6月27日(現地時間)に始球式が行われるが、今回は男性社員を送り出すという。樋口会長は「会社にとっての幸せは取引先や社員たち皆で分かち合うもの」と語り、「分福」の考え方が大切と説く。
――昨年の始球式の模様を動画で公開している。大観衆を前に緊張したのでは?
樋口 いいえ、緊張はまったくありませんでした。ただ、マウンドに立った時にふと思ったことがあります。「日本の子供たちよ、大志を抱け」と。私は20代の時に営業本部を立ち上げました。「世界のyamadaiになる」と豪語し、周囲からは嘲笑を浴びました。
しかし、夢は意外と叶うものです。約30年前に一人で飛び込み営業から始め、会社が軌道に乗り、コロナ禍も乗り越えてようやく世界の入口に立つことができた。始球式では「さあ、まだまだ大志を抱くぞ」という気持ちで投げました。今は本気で世界をめざす覚悟です。
――エンゼルスとは2019年に契約。きっかけは?
樋口 当社は1921年の創業ですが、会社設立(法人化)は1980年です。2020年に設立40周年を迎えるにあたって、周年パーティを開く準備を進めていました。
私はサッカーファンで、当時もポルトガルの有名クラブチームとスポンサー契約を結んでいましたが、ある日本人選手が所属するそのチームのオーナーから「日本サッカー協会の幹部が今度視察に来るから2試合限定のマッチデースポンサーになってくれ」と懇願され、引き受けました。
試合ではその日本人選手がスーパーゴールを決め、映像が日本国内の各テレビ局で流された。選手のユニフォームには当社の社名が出ており、SNSなどで話題を集めました。しばらくすると、映像を見た広告代理店が「メジャーリーグに興味はないか」と打診してきたのです。聞けばスポンサー料は周年パーティの費用と同じ金額という。
当時は西海岸(ロサンゼルス)で営業に力を入れていた時期でもあり、40周年を祝うより50周年に向けて「我々は世界のマーケットに出ていく」というメッセージを打ち出したほうがいいだろうと考えて決断しました。
ヤマダイ食品はロサンゼルス・エンゼルスと2019年にスポンサー契約を締結した
――大谷選手のことは知っていた?
樋口 私は野球に詳しくないため、大谷選手のすごさがわからなかった。それよりも始球式ができるということに興味がありました。ただ、コロナ禍で20年の始球式は中止になりました。
――コロナ禍が襲ったのは契約直後。解約しようとは思わなかった?
樋口 米国は契約社会です。契約書にはどんな状況になってもスポンサーは降りないと書かれていました。ところが、20年にパンデミックが起きるとエンゼルスから電話がかかってきた。「大丈夫か?」、「大丈夫じゃない。居酒屋やホテルが直撃を受けて、会社の売上げは1/3にまで減った」、「どうする? (スポンサー契約を)スライドするか、やめるか」。
この時にアメリカはすごい国だなと感じました。最初の契約内容は何だったのか。ポルトガルのクラブチームもこういうときだからと条件変更を提案してくれました。
当社は日本のクラブチームも支援していますが、試合数が半分に減ったのにもかかわらず、全試合分のスポンサー料を請求されました。残念なことに日本は融通がきかなかった。
その点、世界のVIPたちは違った。一流と呼ぶにふさわしいビジネススタイルに出会えたことは良かったです。
――結局、エンゼルスとのスポンサー契約はどうなった?
樋口 1年間スライドして21年から広告を掲出しましたが、翌年もコロナ禍は続き、エンゼルスからは再び「どうする?」と聞かれました。業績は依然厳しいものの、約束だからやると返事しました。世界のVIPとビジネスをするうえで約束は守らなくてはならない。契約書は確かにありますが、口約束の段階でも決めたことは絶対にやり抜くことが重要です。
――スポンサー契約は3年目。広告効果のほどは?
樋口 国内外のマーケットで当社の「格」が上がったと感じます。大谷選手の活躍のおかげ。効果は絶大です。
当初、日本国内での効果は期待していませんでしたが、大谷選手の活躍を各テレビ局が伝えてくれたことで影響は大きかったです。大谷選手のバッティングやピッチングの時にバックネットに広告が映し出されるため、多くの人から見たと言われるようになりました。
今年も始球式の権限がありますが、今回は男性社員が投げます。当社は社員の表彰制度を設けており、新人賞や改善大賞などを授与しています。男性社員は昨年の表彰で最優秀社員賞を獲得しました。副賞が始球式です。
――社員のモチベーションがあがる。
樋口 モチベーションアップが目的ではありません。個人的には広告を出すことができただけで十分満足。幸せや喜びは独占しない。エンゼルスのグッズをコンテナ(船便)で日本に持ってきており、得意先に差し上げていますが、皆さん大変喜んでくれるし、テンションが上がる。
幸田露伴の著作に「惜福」「分福」「植福」という幸福三説の考え方がありますが、これはビジネスのうえでも大事なこと。些細な幸せでも皆で分け合うべきです。
(ひぐち・ともかず)1974年三重県四日市市生まれ。94年ヤマダイ食品入社、取締役就任。2000年会長兼CEO。02年会長兼社長。グループ会社は国内9社、海外3社。新興企業への出資支援を数多く手がける。個人では(公財)モカ育志奨学基金を2013年設立(代表理事)。経済的理由から就学困難な高校生を支援している。学習院大学経済学部卒。