マーケットインの考え方をＤＮＡに
尾鷲物産�蝓‖緝充萃�役社長 小野博行氏
尾鷲物産（三重県尾鷲市）は魚類養殖・近海はえ縄マグロ漁などの漁業のほか、水産加工業、小売業も手掛ける総合水産企業。年間9710ｔ、約219万尾の取扱高を誇り、「マーケットイン」の考え方の下、市場のニーズに合った事業戦略を貫いている。小野社長に同社の強みや今後の展開を聞いた。
小野社長
――マーケットインの考え方をＤＮＡに持つとはどういうことか。
小野 当社の起源は地元スーパーマーケットの塩干部門。他支部からの要望に応えるため、中京地区（愛知県、三重県、岐阜県）を対象に、尾鷲産干物製品の出荷を開始した。それから約２年がたった1972年10月、増加し続ける需要にしっかりと対応していくことを目的に、塩干部門が独立する形で尾鷲物産を創業。当時はまだ珍しかった市場外流通での加工卸売事業を開始した。創業の経緯自体がマーケットインの考え方に基づいている。
当社における３つの大きな転換期でも同様のことがいえる。約25年前には取引先である某スーパーマーケット（ＳＭ）からの要請で、養殖を含めた漁業分野への進出を決めた。このＳＭは当時順調に規模を拡大し続けていたが、農林水産物の調達に対しスケールデメリットの発生リスクを懸念していた。
そこで、か占化するマーケットに応じた生産力を確保するため、加工事業を主軸としていた当社に対し、「川上（生産者）に上る」ことを提案した。おかげで、生産から販売に至るまで、生産者主導型のバリューチェーンを構築することができた。
また、ある外資企業は約20年前に日本のブリ養殖事業に参入した際、原料調達先として手を挙げた当社に対し、ノルウェーサーモン養殖のサプライチェーンを学ぶことを取引条件として提示した。これを契機として、私はノルウェーの水産物輸出戦略を現地で学ぶことができた。当社の事業戦略を支える大きな資産となっている。
ノルウェーに倣う
――ノルウェーは世界有数の水産物輸出大国となっている。
小野 ノルウェーのサーモン養殖は1960年代にスタートしたが、当初の生産量は低迷傾向にあった。急成長した理由の一つは当初、地域住民に限定されていたライセンスの開放にあると考えている。80年代以降、政府主導で養殖業の企業化、大規模化を推進した結果、生産量が増加。サーモン養殖の産業化が大きく前進した。
91年に設立したノルウェー水産物審議会（ＮＳＣ）の貢献も大きい。寄生虫などの理由で寿司ネタには適さないとされていたサーモンだが、ＮＳＣは自国養殖の安全性を強く押し出した“ＳＵＳＨＩ戦略”を展開することで巨大な市場を作り上げた。
70年ぶりの抜本改革といわれる改正漁業法が昨年12月に施行され、漁業許可制度、漁業権制度などが見直された。日本の養殖業もノルウェー同様に急速な規模拡大が見込まれる。当社は昨年11月に愛媛県のある養殖企業をＭ＆Ａするなど、これからの時代を乗り切るための準備を着実に進めている。
トロ部分だけ欲しい
尾鷲物産の会社ロゴマーク
――水産白書に尾鷲物産の「部位別加工」が優良事例として取り上げられた。
小野 部位別加工を始めたのは回転寿司チェーンから「ブリのトロ部分だけを必要な分だけ仕入れたい」と要望があったことがきっかけ。現在では効率的な梱包・発送作業を支えるピッキングシステムや加工設備を整備し、複数のアイテムを必要な時に必要な分だけ発注できる体制を確立している。
トロや背ロインといった主力部位を冷凍流通する場合、生鮮と比べ販売単価が下がり採算が取れなくなるリスクもあるが、当社では頭カットや腹骨カット、中骨カットなど通常は値が付かない部位についても販売先を開拓することでコストバランスを維持している。
また、小売や外食のほか、おせち製品の製造会社やコンビニエンスストアにも販路を広げて市場を創造してきた。タイやカンパチ、ノルウェーの養殖サーモンについても部位別加工に対応している。
――ビンナガ、キハダ、メバチのはえ縄漁業でＭＳＣ（海洋管理協議会）漁業認証を２月に取得した。
小野 海外の審査会社とのコミュニケーションに苦労したほか、キハダ・メバチにおける国内の先行事例がなく、厳しい道のりだった。水産庁や全国近海かつお・まぐろ漁業協会、ＷＷＦ、地元漁協にも多大なご協力をいただきとても感謝している。
現在は「良栄丸」、「第十一良栄丸」の２隻で対象の漁を行っているが、ＭＳＣ認証の価値が消費者にさらに認知され需要が増加した際には、追加２隻で認証を取得し、漁獲体制を強化したいと考えている。ＳＤＧｓ（持続可能な開発目標）に意欲的な企業からは社員食堂で提供したいというお声もいただいている。ＣｏＣ認証取得の取り組みが広がっていくことを期待している。
――最後に。
小野 三重県南部に位置する尾鷲市は、養殖が盛んな九州や四国と比べ日本の主要消費地に近いという物流面でのアドバンテージがあり、消費者の皆様に鮮度の高い製品をより短時間で提供することができる。そうした地の利も生かしつつ、引き続きマーケットインの事業戦略を徹底。販路拡大に努めるとともに、水産業の発展に貢献していきたい。