未知の領域への挑戦続く
武蔵野 代表取締役会長 安田 定明氏

 工場の新設が進む武蔵野は、独自製法「低温長時間発酵」の確立や「遠赤外線焼成」など技術革新にも精力的に取り組んでいる。「文献にない未知の領域に挑戦するのがメーカーの心意気」と安田会長。勢いのある同社の展望を聞いた。

      安田会長

 ――今年は2工場(静岡県、埼玉県)を新設する。投資が活発だ。
 安田 商品の供給先であるセブン-イレブンの出店が全国で拡大しています。パートナーが出店を加速するならば、その商品を供給し続けるのが製造部門を担当している私たちの使命です。しかし、すべてのベンダー会社がこうした流れに追随できるというわけではありません。幸い、当社は存続することができましたが、中には淘汰を余儀なくされたメーカーも少なくはありません。

 ――コンビニエンスストアの出店拡大に対応できる、ベンダー会社の“骨太”な体質を感じる。何が決め手?
 安田 食品衛生を徹底する、これに尽きます。安全・安心を担保した商品を製造し、その上で、他にはない商品開発力をどれだけ持っているかだと思います。衛生上の不備があったために不完全な商品を提供し、パートナーの信頼を失墜する――。製造を担っているメーカーとして、それは絶対にあってはいけません。今後も供給体制を強化し、一心同体で変革に対応して取り組んでいこうと考えています。

 ――2013年を振り返って。
 安田 “金の食パン”を開発し、昨年4月から発売しましたが、パートナーはそれを大々的にアピールしていただきました。当社はこの商品の完成に多大な自信を持っていましたが、それを流通業界全体にインパクトを与えていただきました。発売以来8カ月で2000万食を記録しましたが、メーカーとしても非常にうれしく、充実した1年となりました。

 ――“金の食パン”を製造する嵐山カムス第2工場(埼玉県)も12年5月に増築したばかり。
 安田 1日110tの小麦粉を使用する国内最大級のパン工場です。大量生産では難しいとされている町のパン屋の職人技のような品質に敢えて挑戦するため、工場を増築しました。特許を持つ低温長時間発酵をさらに進化させたのに加え、焼成工程にもこだわり、40mの独自技術による遠赤外線トンネルオーブンを設置するなど、技術革新をしました。

 ――この2つの技術について。
 安田 低温長時間発酵では、通常の4時間発酵をカムス第2工場では12時間発酵し、ゆっくり時間をかけることでしっとりソフトな食感と旨味のある食パンとなります。また、遠赤外線効果により、パンの中から火を通すことで皮がふんわりと柔らかくなります。
 12時間という通常の3倍もの長時間発酵により旨味成分であるアミノ酸が倍以上抽出できます。このため添加物など余計なものを使う必要がありません。麦(原料)自らが持っているものを最大限に引き出しているのです。このように原理原則を応用しながら開発を進めています。

 ――自然の原理を引き出す製法、なぜ今までなかった?
 安田 大量生産・大量販売するときに、生産合理性を追求していくのが企業の姿です。しかし、この低温長時間発酵は通常の3倍の設備が必要となります。投資も3倍、オペレーションの時間も3倍、設備の設置面積も3倍となります。そこまでしなくても、4時間発酵で充分に間に合うという思いが強かったため、業界は遠回りの道を選ばなかったのかもしれません。
 しかし、食品については違うと私は思います。本当においしいものとは何か。そこで私たちは敢えて遠回りの道に挑戦しました。まさに前人未踏で、文献も教科書もなく、やってみなくてはわからないことだらけでした。未知の領域に挑戦する――これがメーカーとしての心意気だと私は思うのです。

 フードエンジニアリングタイムス(FEN)2014年1月8日号掲載