“日本製”高速生地充填機、産声上げる
マスダック 「H1デポジッター」
(Japan Pack Awards2011 審査委員長賞 受賞機種)

 マスダックが昨年秋に完成させた「H1デポジッター」は量産用に開発した高速生地充填機。クッキー生地など比較的粘度の高い生地を高速で充填できる。「ユーザーが持っている“マスダック”のイメージを覆したかった」。機械事業部の小室治部長はそう打ち明ける。穏やかな表情ながらも、内に秘めたる熱い思いがひしひしと伝わってくる。

高速生地充填機「H1デポジッター」

 充填部には大きさの違う3本のローラーを内蔵。クッキーの生地のように粘度の高いものには、しっかりとかき込むことができる“3本ローラー式”が適しているという。生地の特性に合わせてローラー回転を調整、回転による抵抗力(応力)で生地をしっかりと充填部に送り込む。充填部の懐の生地滞留と生地ストレスも少なく、製品を均一に絞れる。
 回転数は最高で1分あたり200回転。国内最高速を実現した。
 量産、それに高速――。製菓機械メーカーとして、半世紀以上実績を残してきた同社が、この充填機の開発になぜここまでこだわるのか――。冒頭の小室部長の言葉にその思いが詰まっている。

 製菓機械の専門メーカーだが、同社のユーザーは大量生産型のメーカーではなく、“中量”規模を生産するメーカーが大半を占める。それも、日持ちのする菓子ではなく、ほとんどが生菓子メーカーという。「それを今回、流通向けの大手菓子メーカーにターゲットを絞って、新充填機を訴求するのがねらいでした」(小室部長)。
 同社は大量生産ができる長さ50m以上のオーブンは、これまでにも手がけたことはあるが、量産向けに高速で処理する充填機は手がけたことはなかった。新たなユーザー層を獲得するためには、伸張するアジアを始めとした海外に視野を広げるのも必要だが、日本国内でも未開拓だった分野に目を向け、働きかけなければならない。
 2010年4月、新機種開発に向けたプロジェクトが立ち上がる。小室部長がプロジェクトのリーダーに就いた。このプロジェクトに参加したメンバーは15名で、今までと比較しても参加人数が多い。半年のマーケティング調査を経て、たどり着いた結論が“クッキー”用に特化した充填機の開発だった。 

 高速生地充填機が日本にないわけではない。優れた技術を持つ欧州の製菓機械メーカーがすでに世界の菓子業界を席巻している。日本の大手菓子メーカーが使用している充填機も欧州製がほとんど。したがって、開発すべき充填機の方向性は「欧州製を意識しました」(小室部長)。毎分200回転は欧州製では珍しくはないという。
 この優れた欧州製のものと、どこで差別化を図るか――。「“日本製”であることを強調するしかありません。何かあったときにすぐに対応ができるというサービスの良さ。現在、欧州製を使っているユーザーが困っているのはメンテナンスでしょう。部品がなかなか手に入らない点も足かせとなっています」(小室部長)。それを解消できるであろう“日本製”の高速生地充填機。ユーザーもこの新機種の誕生に期待を寄せてくれるに違いない――。迷いはなかった。

大量生産向けに開発、国産では初の試み

 機械の構想を練り、設計図を書き終えたのが2011年4月、いよいよ製作に取りかかる。200回転への挑戦は同社にとって未開の領域だった。「理想と現実の格差を思い知らされた」と小室部長。「耐久性に不安を感じることがあったのと、回転数を克服できても、実際に生地を絞って切るという工程がうまくいくかどうか」など懸念材料は尽きない。
 大量生産向けの機種ということで、試運転にも大量の生地が必要となるが、この点でも未開の領域だった。菓子研究に欠かせない、同社に5名いる“技術サービス課”の担当者から、特にクッキーに熟知したプロフェッショナルをメンバーに加え、ソフト面の強化も充実させた。

 一刻も早く完成させたいという思いに駆らせたのは、先行発表した過熱蒸気発生ユニット「ヒートプラス」の存在も大きかったに違いない。
 「ヒートプラス」を遠赤外線ガス式のトンネルオーブンに搭載することで、もう1つの補助的な熱源として、過熱蒸気を加えた焼成ができる。これにより、焼成中の製品の酸化を抑えられ、製品の色上がりや風味が改善されて品質が向上する。焼成時間も大幅に短縮して生産性が向上する。同社が自信を持って発表したユニットで、すでにユーザーに導入が始まり、成果を出しているという。
 生産ラインでいう本体(「ヒートプラス」を搭載したトンネルオーブン)はすでに実績がある。あとは、その入り口部(生地充填機)の完成が待たれていたのだ。「大量生産ができる本体には、それに見合う入り口部が必要。私たちのプロジェクトに課せられた責任は非常に大きく、プレッシャーを感じていました」と小室部長は語る。

小室部長(埼玉県所沢市の同社テストルームで)

 2011年、季節は秋に差しかかる頃、完成が見えてきた。しかし、当初は口金(丸絞り、星型絞り、リング絞りなどクッキー生産に必要な“型”)を1種類しか製作していなかったため、「展示会に出展するなら少なくても5種類は必要」と、急きょその製作に取り掛かった。しかし、この判断が正解だった。
 ジャパンパック当日。多くの来場者に“日本製”の高速生地充填機を披露することができた。今までと違ったユーザー層、特に見てもらいたかった大手菓子メーカーもブースに足を止めた。  「“マスダックさん”はこういうのも手がけるんだ」と声をかけたメーカーもあった。「いよいよ国産の充填機が出てきたか」という声も聞こえてきた。
 口金を5種類用意した甲斐があって、ユーザーから様々な意見や要望、改善点が次々とあがり、効果的なフィードバックにつなげることができた。「展示会の目的である、ユーザーの意見を収集することができました。次に活かすことができます」(小室部長)と語る。

 「欧州製ではない、日本でもここまでできるんだということを知ってもらいたかったですね。機械的な改善点、構造的に強化が必要など、今後のことを考えるとやりたいことは尽きません。今はその改良設計に取りかかっており、一歩ずつ着実に前に進みます」と意気込む。
 産声を上げたばかりのデポジッター。見守ることもまだ必要だろう。しかし、2012年からは“親元”を離れ、ユーザーのもとで立派に成長し、おいしい菓子つくりを担う欠かせない存在になっているに違いない。