田中社長
のり佃煮の「アラ!」でおなじみの老舗メーカーのブンセン(兵庫県たつの市)は商品開発に積極果敢なことでも知られる。「アラ!」の発売60周年(2021年)に合わせて高品質の「プレミアム アラ!」を売り出したほか、昨年は国産のサツマイモだけを使った愛犬用のペットフードまで開発し、愛犬のおやつブランド「Wanday's(ワンデーズ)」を立ち上げた。「食いつきがまるで違う」と評判を呼んでいる。田中社長は「将来に事業をつないでいくことが我々の仕事」と語り、商品開発は後世に向けた「恩送り」との考えを示す。
――「アラ!」の発売60周年を記念して2021年に「プレミアム アラ!」を発売した。
田中 のり佃煮の品質をどこまで極めることができるかに挑戦しました。長年培ってきた製造技術を活かしてのり本来の色や香りを引き出し、より深みのある味に炊き上げたぜいたくな逸品です。売価は「アラ!」の約2倍しますが、「アラ!」シリーズの中で売上げが今一番伸びている商品です。
――どこにこだわった?
田中 「アラ!」の原料は三重や鹿児島など国産のヒトエグサ(あおさ)を使っています。今回はその中でも原料を厳選し、さらに20%増量しました。
ヒトエグサは柔らかくて滑らかですが、軟弱で炊きすぎると溶けてしまう。調理というのは手を加えれば、加えるほど素材の良さが失われていきます。柔らかさや滑らかさ、香り、色味が失われます。これをどのようにして残すかが課題でした。
「プレミアム アラ!」は原料の取り扱いから最終の煮炊きまで、すべての工程において大変な苦労を要しました。途中で妥協せず、圧倒的な違いがわかるまで味を突き詰めようと開発に2年を要し、ようやく完成に至りました。
素材を厳選していねいに作り込んだ「プレミアム アラ!」(税込627円)、味の満足度は高く、
生協の宅配コープデリに採用された
――これも「アラ!」同様にファンが宣伝している?
田中 当社の商品はいつもお客様が宣伝してくれますが、今回は熱心なファンが多いのが特徴です。ある著名な大学教授は「プレミアム アラ!」を大変気に入ったものの、自宅近所のスーパーには置いていない。それならと、当社の営業担当者と一緒に訪問してバイヤーにプレゼンし、強力にプッシュしてくれました。
このようにお客様が当社の商品を好きになり、ファンになってくれることが商品開発のうえで重要です。
――昨年は愛犬のおやつ「スイートポテトペースト」を開発した。
田中 当社はサツマイモを原料にした和惣菜を以前から作っていました。ある時、知り合いの飼い主から自分のワンちゃんがそれを気に入って食べているという話を聞いたのです。ところが、人間が食べるために加工した食品はペットの健康に良くない。奥さんやドッグトレーナーにひどく叱られたそうです。それじゃあ、当社で作ってみようかと思い立ったわけです。
最初はサツマイモを輪切りやダイスカットに加工したり、乾燥させたりしましたが、飼い主の方々との試食やフィードバックを重ねながら最終的にペースト状にたどり着きました。
――飼い主は原料が国産かどうかを気にすると聞く。
田中 原材料はすべて国産です。鹿児島県産の「紅はるか」など、独自の基準を満たした産地・品種を指定しています。近年は気候変動による自然災害のリスクが高まっており、安定調達や品質維持のために複数の産地で調達します。鹿児島以外に茨城県産なども使います。
――小さな粒状のもが入っているが、これは何?
田中 サツマイモの皮です。犬は嗅覚が人間の3000倍以上あると言われており、味ではなく、香りに反応します。そこで小型犬でも消化しやすいように細かく刻んで混ぜ込みました。ワンちゃんが反応する香りをどうつくり出すか、何百回と改良を繰り返しました。
幸い当社が惣菜製造で取得している特許技術を応用した2段階加熱製法でサツマイモ本来の甘みと芳醇な香りを引き出すことができました。ワンちゃんの香りに対する反応は非常に高く、食いつきが良いと評判です。香りの成分については今後数値化する予定で、大学の獣医学部と分析の準備を進めています。
「スイートポテトペースト」は7本入りで税込698円
――発売から3カ月余り、売れ行きは?
田中 口コミでじわじわ広がっています。ワンちゃんが食べている動画を公式インスタグラムにアップしています。当初はネット通販だけでしたが、ここでもファンの方々が宣伝してくれて、販路が地元の百貨店や流通大手のホームセンターなどに広がり始めました。海外からの引き合いもあります。
――ペットフード市場に本格進出だ。
田中 いいえ、事業の柱の1つに育てたいという思いはありますが、本格参入と声高に言うつもりはないです。当社は昭和9年(1934年)の創業から一貫して「おいしい顔、私たちの喜びです。」をモットーとしてきました。喜ぶ顔は人間でなくてもいい。今回はワンちゃんだったというだけです。ただ、ワンちゃんが喜べば飼い主も笑顔になります。
――2024年には創業90周年を迎える。意気込みは?
田中 今日まで事業を続けることができたのは先人のおかげであり、「アラ!」を60年以上売り続けることができたのも先輩方のおかげです。感謝しかありません。
これから先、我々は何をすべきか――。新しいことや新たなものを加えて、将来に事業をつないでいくことが我々の仕事です。おいしい商品づくりを起点に健全な発展を遂げ、先輩方からいただいた技術やノウハウを「恩送り」という形で後世に渡すことが使命です。
(たなか・ともき)1995年大阪経済大経営学部卒業。大手量販店勤務を経て、2002年ブンセン入社。03~05年会社に勤めながら大阪大学大学院で学び修士課程修了。09年取締役、12年副社長、14年から現職。1972年8月兵庫県たつの市生まれ、50歳。