2023年が幕を明けた。今年は「フードテック」が食品ロスや食糧危機、環境負荷などの社会課題を解決に導く切り札として、これまで以上に存在感を高めそうだ。
世界最大規模の米国テクノロジー見本市「CES2023」がラスベガスでこのほど開催されたが、現地からの報道によると、アボカドの熟度を判定するAI技術やプラントベースフードを製造する3Dプリンターロボット、飲食店での食べ残しなどをモニタリングして調理プロセスの改善につなげる画像認識技術などが話題を集めたようだ。
日本も負けていない。若手経営者らが技術開発に乗り出しており、導入先が有力企業に広がるなど成果をあげている。今年は卯年。フードテックに新風呼ぶ国内キープレイヤーの「跳ねる」に期待したい。
木下社長
特殊冷凍技術を活用したビジネスモデル「Freezing as a Service」を展開するデイブレイク(東京都品川区)の木下昌之社長が同社を設立したのは2013年。当初は3Dフリーザーなどの冷凍機を販売する専門商社の機能がメインだったが、21年に特殊冷凍機「アートロックフリーザー」を開発してメーカーへと変貌を遂げた。受注台数は200台を超えた。
22年には新型モデルを開発し、庫内に設置したセンサーが庫内温度や外気温、運転圧力などの稼働情報を取得する「フリーズプロテクト機能」を搭載した。故障を引き起こす無理な運転や冷凍品質の低下を招く使い方を未然に防ぐ。
木下社長は特殊冷凍技術を使って規格外の果物や野菜を加工して急速冷凍し、「サステナブルフード」に生まれ変わらせる事業に国内で早くから取り組んできた。生産者や食品事業者のフードロス対策や販路開拓、地方創生に貢献している。
「アートロックフリーザー」の新型モデル、冷凍機には見えない革新的なデザインは調理現
場で働く人たちのモチベーションを高めるねらいもある
沢登社長
調理ロボット開発の新興企業、コネクテッドロボティクス(東京都小金井市)の沢登哲也社長は国内フードテックの分野では広く知られた存在。2014年の創業以来、「たこ焼きロボット」を皮切りに「ソフトクリームロボット」、「そばロボット」、「フライドポテトロボット」などの開発で注目を集める。
近年は惣菜盛付けロボット「Delibot」の実用化を日本惣菜協会などと連携して進めている。22年3月からマックスバリュ東海(静岡県浜松市)の惣菜工場で4台が稼働している。1時間あたり1000パックの生産能力で工場の省人化、生産性向上につなげている。
なぜ調理ロボットシステムに特化しているのか。沢登社長は「ロボットを活用して自動化を進めることに経済合理性が出てきた」と説明する。たとえばロボットアームの価格は数年前に比べて半額にまで下がっているという。食品業界全体で使える仕様にして導入台数を増やし、経済規模を大きくすれば、価格面での導入ハードルは下がる。
沢登社長は飲食店経営の家系に生まれ、大学院修了後は外食チェーンで働いた。その経験から食品産業は生産性が低く、労働力が慢性的に不足していることを実感した。ロボットシステムを通じて、こうした課題解決につなげたいと今後も挑戦を続ける。
惣菜盛付けロボット「Delibot」、惣菜工場で稼働しているが、導入ハードルを下げるため
の改良を続けている
羽生社長(インテグリカル
チャー、同社HPから)
独自開発の細胞培養技術を使った培養肉の事業化に取り組むインテグリカルチャー(東京都文京区)は、オックスフォード大学で博士号(化学)を取得した羽生雄毅CEOらが2015年に共同で創業した。日本を代表する培養肉の研究開発企業として注目を集める。
培養肉は世界中で開発競争が進んでいる。背景には動物性たんぱく源の生産を続けることによって、森林破壊やGHG(温室効果ガス)の排出増など地球環境に対する負荷増大がある。米国コンサルファームの予測では培養肉の市場規模は2040年に6300億米ドルとの試算もある。
一方で、培養肉は製造設備に莫大な費用がかかる。インテグリカルチャーは低コストによる細胞培養の装置「カルネットシステム」を開発し、培養肉メーカーが課題としている「安くて食べることができる無血清基礎培地」を世界に先駆けていち早く実用化した。すでに「食べられる培養フォアグラ」の生産に成功している。
昨年には食品原料を基にした独自開発の基礎培地「I-MEM(アイメム)」を発売開始した。
一般的に細胞の培養には牛の胎児の血清が使われることが多いが、100gの肉を作るのに数百万円のコストがかかる。「カルネットシステム」と「I-MEM」を使えば、培養コストは従来の動物血清を使った培地に比べて約60分の1にまで抑えられるという。企業との協業体制による量産規模と低価格化をめざす。
細胞培養装置「カルネットシステム」、動物体内の臓器間相互作用を模した環境を疑似的に
構築することで、血清様成分を作り出すことに成功した
加納社長
ASTRA FOOD PLAN(埼玉県富士見市)の加納千裕社長は食品工場から排出される加工残さなどを食品粉末(パウダー)にアップサイクルする事業に取り組む。会社を20年に設立し、翌年「過熱蒸煎機」(登録商標)を開発した。
「過熱蒸煎機」は過熱水蒸気オーブンの技術とは一線を画す。セラミックを焼石のように熱し、水を噴射すると一気に数百度のスチームが発生する仕組み(特許出願中)で、飽和水蒸気ではなく、水から直接、過熱水蒸気を作り出す。
食材の酸化を抑制しながら乾燥するため、変色や風味の劣化を防ぐほか、ボイラーレスで複雑な配管もないため熱効率が高く、エネルギー費用の低減にもつながる。
これまでに食品メーカーや外食チェーン、農産品の生産者らとテストを繰り返し、玉ねぎの端材やにんじんの皮、白菜の芯、えびの殻など70種類を超える加工残さのパウダー化に成功した。
日本国内の食品ロスは年間約600万tで推移しているが、野菜などの加工残さ、規格外・余剰分の農作物を合わせた食品廃棄物は年間2000万t以上に上る。加納社長はこれを「かくれフードロス」と呼んで食品に再利用するサーキュラ型ビジネスモデルの構築をめざす。「SDGsに取り組みたいというニーズは高まっており、それに応えることでかくれフードロスの問題解決につなげたい」と意欲を示す。
乾燥と殺菌を同時に行い、わずか10秒程度で高品質のパウダーに仕上げる「過熱蒸煎機」、
「かくれフードロス」の解決に貢献する